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屋形船の歴史

 

屋形船の歴史はとても古いもので、日本最古の屋形船、屋形船の原型となった船のことが奈良時代に編纂された万葉集という歌集に詠われています。そもそも屋形船の屋形とは昔の人が雨や日の光を遮るために作った屋根のつきだした部分の様なものが原型とされており、その屋形が発明されて以降、様々な船にそれが付けられるようになり、船の形が出来ていったといわれています。この頃の船はただ単に商戦や渡し船なので屋形船という呼ばれ方は無かったようですが、その内に船の形を豪華にしたり、目立つように形を工夫する人たちが出てきて屋形の形にも様々な形が作られていったと言われています。この時代の船の形が現代の屋形船の形になっているのでしょう。

 

このような発展をしていった屋形船が全盛期を迎えるのはやはり江戸時代です。昔は今のように橋を造る技術が発展していなかったために渡し船という川を渡るための船がとても多くありました。また、陸路もあまり整備が進んでいなかったのと車もないこの時代では交通の手段として川を船で下る方が、陸路を使うよりも早く目的地に到着できる場合が多くあり、そのため川を使った水上の交通がとても盛んでした。このころに活躍していたのが現在の屋形船とほぼ同じ形のふねであり、さらにはこの川を走る屋形船を使った船遊びが、役人や偉い武士などの間で流行し始めます。これが現在の屋形船を使った宴会や会議の原型となっていったと考えられます。

 

そして、その流行に合わせて様々な屋形船が作られていきます。この頃の徳川は完全に安定期に入っており世の中も泰平で国も豊かだったため、豪華絢爛な屋形船を作って税の限りを作る役人や、大きな船を屋形船に改造して大人数での川遊びをする資金的に豊かな人などが大勢いたため、屋形船はどんどんと豪華になっていきました。さらにはこの屋形船の豪華さを競い合うという文化もうまれ、裕福な人たちは自らの屋形船をどんどん豪華にしていき、さらに巨大化していったと言われています。その豪華さは日増しにエスカレートしていき最終的には、まずいと思った徳川幕府が屋形船の改造に制限を加える程でした。

 

このような大きな文化になった屋形船は江戸時代が終わり、その競い合う文化はなくなった物のそのころの風情を残す物として明治や大正、昭和そして現在にいたるまで親しまれ続けているのです。


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2017/5/8 更新